ラブレターを書くように

書き言葉が好きで
長い間、なんだかかんだで
書き続けて来ました。

途中、作詞家を目指したり
研究論文を書いたり
本を出版することを目標としたり
色々ありましたが…


(ほんと好奇心旺盛で
色々やっちゃう人生です)


でも、やっぱり
どんな媒体でも
やっぱり、変わらずに
書くことで伝えることがわたしは好きです。



ここ最近は
〝写真が好き〟と言って頂くことも
増えてきましたが、

〝言葉が好き〟
だと言って頂くことが元々多く

言葉が好きなわたしは
言葉に反応して頂くことが
そもそも本当に嬉しいのです。



こう書いていて

改めて、
作家でもなんでもないわたしの

〝言葉を好き〟

だと言って頂くことが
どれだけ凄いことか…を
感じています…。




ジュリさんの書いていることは
いつも、スッと心に入ってきて
ストンと落ちる感覚がある

とか、

ジュリさんの言葉を通して
自分自身の想いに気づくことができた

とか、

癒された

安心した

温かい

などなど
本当に、色んな表現で
みなさまが想いを伝えてくださります。


でも、そもそも
そんな風に言葉に反応してくださる方って
内面的な部分を感じ取り
見ることができる方でもあり

素敵な心の持ち主だからこそ
なんですよね。



そんな中、

わたしのように書きたいけど
真似できない

どうしたらそんな風に
書けるようになりますか?

とか、

どんな本を読んでいますか?

本はたくさん読みますか?

などなどご質問を
頂くことがあるのですが…


謙遜とかではなくて

〝わたしの真似をする必要なんてない〟

と、本当に思います。


(読んでいるおすすめの本は
またシェアさせてくださいね)



もちろん、

真似ることで
学ぶことは沢山あるので

真似るようなことがあれば
どんどん真似てください♡

とても光栄です!と思いますが


それよりも、

ご自身の想いそのものが
唯一無二なので

うまく書こうとするよりも

そのままの表現が、既に最高!

だとわたしは思います。


誰かの表現を真似すると
〝いい感じ〟に見えますが

今にも剥がれ落ちてしまいそうな
メッキのようにも映ります。

これはわたし自身の経験です。

だから、わたしは人の真似
というのは、

コピーすることではなく
スパイスのように取り入れるエッセンス
だと思っています。

全部を真似るのではなく
要素を取り入れる、というイメージです。





というのも、

例えば、

わたしが有名な作家さんの表現を
なんとか真似して書こうとしても
到底、無理ですし

その作家さんのようになれないどころか
真似することにフォーカスし過ぎて
ぎこちなくなると思うのです。


結果、伝わるはずだった想いが
伝わらなくなる

(これは、言葉も写真も
他のことでも同じだと思います。
みんな元々もっている資質が違うから
同じにはならないし、なる必要もない。)


そもそも、

伝わる文章って
難しい言葉とか表現でもって書くよりも

大切な人や
好きな人に
お手紙を書くような

そんな気持ちで書いたもの
ではないかなぁと、思っています。



上手に書こう、とするより
誰かへ宛ててお手紙を書くように書く

これが、書くことの上達の
一歩かもしれません。


これは
大学の研究論文を書いていた時に
指導教員に教わったことでもあります。

わたしの指導教員は、
Wikipediaにもお名前があるような
著名な方でもありましたが

いつもとてもわかりやすく
説明してくださる方でもありました。


論文というと難しいものを書くように
感じるかもしれないですが、
論文だって、ラブレターと一緒です。
誰かへ伝えたいあなたの想いがあって
どうにか伝えたいから書くのです。
その想いが、原点です。

は、その先生に教わったことです

大学の教授というと
世間一般では、なんだかお高く
とまったような人を想像するかもしれませんが

その先生を指導教員として希望したのも
言葉から伝わる人間力が
とにかく魅力的だったからです。


本当に賢い方というのは
難しい表現や言葉で書くことは
可能であるにも関わらず

幼い子どもと
目線を合わすかのように
しゃがみ込み

易しい言葉と温かさで
伝えてくださるものだ
ということも、その先生から教わりました。


〝伝わる文章〟とは
誰かを想い書くラブレター


そういえば、
先生のその言葉に出逢ってから

わたしの書き方も
変化した気がします。


ラブレターを書くように…


これからも

言葉を紡ぎ

写真を紡ぎたい…

そう思います。

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